大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(あ)1283号 決定

本店所在地

東京都文京区白山五丁目三〇番一三号

株式会社 三経

右代表者代表取締役

山根三雄

本籍

東京都品川区南品川一丁目一八番地

住居

同 文京区白山五丁目三〇番一三号

会社役員

山根三雄

大正一三年九月九日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和五三年五月三一日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人後藤信夫、同遠藤光男、同後藤徳司の上告趣意のうち、憲法三八条三項違反をいう点は、原判決が所論の各事実を被告人山根三雄の自白だけで認定したものでないことが判文上明らかであるから、いずれも前提を欠き、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 木下忠良 裁判官 藍野宜慶)

昭和五三年(あ)第一二八三号

被告人 株式会社 三経

同 山根三雄

○ 参護人後藤信夫、同遠藤光男、同後藤徳司の上告趣意(昭和五三年九月六日付)

上告理由第一点 (憲法違反)

原判決は、被告人の罪状を被告人山根の自白を唯一のものとして認めているところであるので憲法三八条三項に違反するところである。

すなわち、原審公判廷に顕出された証拠は、1、検察官、弁護人の共同作成にかゝる合意書面一通、2、被告人山根三雄の当公判廷における供述、3、同被告人の検察官に対する供述調書、4、同被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書一〇通、5、被告会社に関する登記簿謄本、6、押収にかゝる法人税確定申告書二通をもって全てであるが、斯様な証拠のうち、5、6の書証は、被告人の犯意を立証する証拠ではなく、特に6の書証は、単に申告に関する事実を証明するものであるに過ぎない。さらに、1の合意書面は検察官と弁護人の作成名義とされているが、弁護人の合意の実体は、被告人と同等ないし同価値であり、その意味で被告人の自白と相似または同等のものとして、憲法三八条三項の自白に当ると考えるべきところである。特に本件において作成された右合意書面は、控訴趣意書第二点(五)で主張したとおり、被告人の希望と検察官の欺罔の下に作成されたものであるので、そこには被告人の意思が働いており、その実体は自白以外の何ものでもない。もっとも、合意書面の内容には幾多の証拠が含蓄され、これ等のものゝ集大成として作成されているものであるので、斯様な反論は当らないと反駁されるかも知れない。しかし、合意書面作成経過における幾多の証拠は、所詮隠れてその基礎となっているに過ぎず、法廷に顕出されているところではないので、合意書面に関して、斯様に隠れた証拠までを含む証拠としての価値判断をすることは絶対に許されるべきではない。

しかりとすれば、合意書面はやはり、前記のとおり自由調書と解すべきである。そして、残ったその余の供述調書、質問てん末書は、典型的な自白調書である。そうであるとするならば、前記のとおり、被告人の犯意に関する証拠としては5、6の書証は、該当し得ないところであるから、被告人の自白を唯一の証拠として、原判決は、被告人の犯意を肯認し、被告人等を有罪としたものであるので憲法三八条三項に違反するところである。

上告理由第二点 (法令違反)

被告人等は、控訴趣意書第二点(五)項において、本件合意書面の証明力を争っているところであるが、原審判決は、これを調査していないところであるので、刑訴法三九二条一項に違反するところである。

すなわち、被告人は、情状論の中においてではあるが、本件合意書面が検察官の欺罔にかゝるものであることを明確に述べている。しかるに、原判決は五丁最終行( )中に最終的に証明力を争っていないと判示している。

しかし、右事実に関しては、原審公判廷における被告人の尋問に際しても立証を行っているところであるし、仮りに、控訴趣旨書の情状論中における趣旨であろうとも、争っていることは絶対に間違いのないことであるので、控訴の趣意のいづれで争っているものであろうとこれの調査を原審は行うべきである。しかるに、原審判決は、争っていないとのみ判示してこれを調査していないので刑訴法三九二条一項に違反しているところである。

上告理由第三点 (憲法違反および事実誤認等)

1 原判決は、被告人に不利益な唯一の証拠である被告人の自白をもって、左記事実を認定し被告人等を有罪としているので憲法三八条三項に違反するとともに右記事実の認定に基づき、緑川物件に関し仮装譲渡に判示する判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があるところであるので、刑訴法四一一条三号に該当する。

b 被告人山根は、被告人会社の実権を一切掌握しており、被告人会社と被告人山根個人との関係はもちろん人格は別であるとはいえ渾然一体をなしていること。

c 売買にあたり商法二六五条に定める手続をとっていないこと。

d 被告人会社から被告人山根に対し、所有権移転登記手続もなされていないこと。

e 緑川物件は、駐車場として利用されていたのであるが、駐車場収入はいぜんとして被告人会社の収益に計上していること。

f 駐車場収入を被告人会社の収益に計上するに当り、被告人会社と被告人山根との間において賃貸借契約等特段の契約も結ばれていないこと。

g 被告人山根は、緑川物件の売買の意図につき、一方において「買損の特例の適用を有利に受けたいため」……との趣旨の供述をし、他方において「昭和四五年七月期の決算が赤字になりそうになったので対銀行等の関係で赤字では困るので二〇〇〇万円見当の緑川物件を四〇〇〇万円で被告人山根が買取るかたちを取り利益を出した」……との趣旨の供述をするなど矛盾する供述をしていること。

2 そして、右事実を認定し、結局緑川物件につき仮装譲渡と判断した証拠は、押収してある法人税確定申告書一綴、商業登記簿謄本、被告人山根の大蔵事務官に対する昭和四八年三月六日付、六月六日付各質問調書、被告人山根の検察官に対する供述調書、被告人山根の原審および当事者における供述と表示している。ところで、右証拠のうち、法人税確定申告書一綴は、申告の事実関係は、証明し得ても、直接間接にも右bないしgの事実を証明するものではなく商事登記簿謄本に関しては全く右事実の立証の役には立たない。しかりとすれば、bないしgの事実を認め、緑川物件に関し、仮装譲渡と判断して被告人を結局有罪としたのは、右証拠のうち、偏に被告人の自白に関する証拠によるところであって、仮装譲渡と判断して被告人を結局有罪としたのは、右証拠のうち、偏に被告人の自白に関するところであって、その余に何等の証拠はない。(もっとも、仮装譲渡の判断に関しては、合意書面も証拠として採用しているが、右合意書面も前記のとおり被告人の自白と同様である)。そうであるとするならば、結局、被告人に不利益な唯一の証拠である被告人の自白に基づき原判決は、被告人を有罪としているところであるので、原判決は憲法三八条三項に違反するところである。

3 以上、仮装譲渡の判決に関しては、被告人の自白を唯一の証拠としてこれを認定しているところであるので許されるところではないが、原判決が情況証拠として認定した原判決表示のaないしgの事実にしても、緑川物件の売買が被告人山根と被告人三経間で行われたことを完全に否定し得るところではない。

すなわち、

〈イ〉 aの事実にしても被告人山根の二面的地位を証するにしか過ぎず、仮りに代表取締役であろうとも、会社との法律行為は許されているところであるし、

〈ロ〉 bの事実にしても、仮りに渾然一体をなしていても、緑川物件の売買は渾然一体ではなく、会社の帳簿および被告人の供述調書からも明らかなとおり、契約書の作成がなされているところであるので、その効力はともかく、一応形式においてもはっきり明確にされているところであるし、

〈ハ〉 cの事実にしても、単に商法二六五条違反があるというに過ぎず、大会社ならばともかく、被告人会社程度の会社においては、良く見受けられる事柄であって、仮りに商法二六五条所定の形式が整えられていたとしても、それは、いわゆる形式である場合が多いことは、ある程度常識化されていることであり、また、同法違反があったとしてもそれが仮装譲渡ということに直接つながるものではないばかりか、その法律行為の効力が否定されるものでもないし、

〈ニ〉 e、fの事実にしても、被告人個人がその駐車場の収入を個人として得ることを潔ぎ良しとせず、会社に贈与していたとも考えられるし、また、賃貸借契約書等が作成されていないとしても、必ずしも契約に書類の作成は必要ではなく、逆に、会社が収益を明確に計上している以上、右事実は被告人等の間において、何等の懸念なく明示されていたと考えるのが妥当であるし(被告人が仮装譲渡を認識していたのなら、かえって、斯様なことについては、売買契約書のみの作成だけではなく、明確に形式を整えていたと判断すべきである。けだし、今日における税法違反の実体を見れば明らかであろう)。

〈ホ〉 gの供述の矛盾にしても、何等矛盾するところではなく、被告人山根に両方の目的があったと考えれば(被告人本人は終始その様に供述している)素直に肯けるところである。

4 以上、原判決は前記のとおり、個別的に取上げて見れば全く疑問の多い事柄を下に仮装譲渡を認定しているところであるが、仮装譲渡であるか否かを判断するための最大のポイントは、仮装譲渡というものゝ性質から代金の決済がなされているが、なされているにしてもそれが単なる形式であるか否かという点にある。けだし、仮装譲渡においては、当事者で真摯に財産の処分をなす意思がないので、その点に関し、最も仮装が行われる場合であるからである。

しかるに、本件の緑川物件の処分は、被告人会社の帳簿上においても、被告人個人の債権との相殺を行い明確に代金を決済し、その結果を税務申告しているところであって、これらの所為をなかったことにする等という行為が出来得るはずでもないところであるので、右所為は絶対に形式的所為と断すべきところではない。少くとも、斯様な回復不可能な所為を行っている以上、被告人の意思には何等仮装譲渡に関する認識はなかったというべきである。

被告人山根は、被告人会社の代表取締役である。したがって、一端行った売買をまた元に戻す所為を行うことは可能であろう。しかし、それが可能であるとしても、一端行った前記所為を全て抹消してしまう訳にはゆかず、これを前提とした法律行為しかできない。いわゆる前の法律行為を承継した法律行為しか出来ないということである。しかし、その後の法律行為を行ったが故に前の法律行為が仮装であったと判断するわけにはゆかないし、本件の如く、相殺とはいえ、代金の決済まで明確になされている場合において、仮装であると判断するためには相当程度強力な証明がなければ許されるところではない。斯様な判断は民事訴訟法においては、当然の常識である。しかるに、とかく刑事裁判においては、財産の帰属法律行為の効力に関し、民事訴訟の原則を無視して被告人に不利に判断する傾向にある。しかし、法人税法違反事件等は、専ら刑事裁判の分野ではなく、民事訴訟の実体が根底にあることは、財産の移転に基づく法制度である以上当然のことであろう。

その意味で、原判決が表示した前記aないしgの認定事実等は、あるいは、被告人等の所為が仮装譲渡でなかったろうかと疑わしめる事由であるとしても、絶対に、仮装譲渡であることを立証するに足るものではない。もっとも、仮装譲渡に関し、被告人の自白もある。しかし、前記のとおり、緑川物件に関する被告人の当時の所為から判断するならば、右自白は絶対に措信するに足るものではなく、法律的判断を伴うことに関し、被告人の理解の足らざるところに基づくところと考えるべきである。斯様な考え方をすべきことは、本件において他にもある。けだし、合意書面中にも明らかなとおり(乙号証も参照)、買戻の契約が行われた同一形式の不動産の処分に関し、一部は、棚下し資産として計上されながら他の一部は、単なる資金として処理されていることを被告人は同意している事実があるからである(後記)。

したがって、原判決には、少くとも、事実の誤認ないしは合理的な証拠に基づかないで事実を認定した違反がある。

上告理由第四点 (事実誤認等)

乙号証で立証したとおり、被告人会社の不動産の取引は全て、買戻特約付の売買形式において行われている。したがって、右取引の性質を判断するに当っては、特段の事由がない限り、統一的でなければならないところで、合意書面中の貸借科目明細表によるとこれら買戻形式でなされた売買契約に関し、二つに分離され、一つは土地売上高と表示したうえ、実体は貸金と処理され、他は期首棚卸と相矛盾する処理が行われていることが明らかである。これに関し、被告人等は控訴趣旨書二丁において、実体も全ての取引に関し、売買と判断すべきである旨主張しているところであるが、その問題はさておくとしても、前記乙号証で立証した如く、被告人会社の不動産取引は全部同一形式であるので、二分して法律的判断をすべきではなく、実体が金融ならば金融(貸金)、金融に基づく売買であるならばその様に統一的に価値判断しなければならない論理必然性がある。

そして、この論理必然性は、合意書面を超えて存在する当然の理であって、民事訴訟法で許される権利の放棄的な安易な場面ではない。

すなわち、乙号証から判断して右合意書面には、被告人会社の行った同一形式の買戻付売買に関し、明らかな矛盾があり、その意味で、右合意書面の該部分は、証明力がないところである。

しかりとすれば、右部分につき、原判決は、証拠に基づかないで判断を行い、その結果事実の誤認を行ったものである。

以上

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